流行にも色々あります。
流行は物質的な物から思想まで、様々な流行があります。その定義を一口に語るのはなかなか難しいので、ここは家具屋のHPらしく、建築にまつわる流行について触れたいと思います。
その流行というのは「アールヌーヴォー様式」と呼ばれているものです。
建築の流行の中でも、かなり突出している流行といっても過言ではありません。
・・・・・・アールヌーヴォーとは?・・・・・・
アールヌーヴォーとはフランス語で「新しい芸術」と訳されていて、その定義は定かではありませんが、今までに無い、まったく新しい芸術・様式・スタイルといってもいいかもしれません。
セラミックやガラス、あるいは鉄素材を用いて、動植物の有機的な曲線を建築に取り入れたその様式は、町並みを豹変させるほどのパワーとインパクトを持っていました。
時代は19世紀末から20世紀初めと、意外と短い期間ではありますが、その短い期間の間に、建築や家具の他にも、絵画やテキスタイルと言った、様々な芸術に影響を与えていきました。
あまりにも突出したその様式は、時には非難される事も度々ありましたが、現在ではその建築物はどれをとっても高い評価を受けています。
・・・・・・ヨーロッパから世界へ!!・・・・・・
いち早くその流行に反応したのが、当時新興国であったベルギーでした。
代表的な建築家としてヴィクトール・オルタやポール・アンカールがいます。
2人の建築家は次々にアールヌーヴォー様式の建築を創り出し、現代に残る素晴らしい建築物を沢山のこしています。
妖艶な曲線と、多数のデコレーションを施したオルタの建築物は、内部の隅々まで、オルタの才能が垣間見れます。動植物を意識した内装と自然の光のコントラストが作品全体を際立たせます。
しかし、オルタの親友で、もう1人のアールヌーヴォーの建築家であるアンカールの死後、ベルギーにおけるアールヌーヴォーは失速していきました。
その後、アールヌーヴォーはフランス、スペイン、イギリス、アメリカと次々に飛び火していきました。
みなさんもよく知っている、アントニオ・ガウディや、チャールズレニー・マッキントッシュなども、アールヌーヴォーの代表的な建築家です。
・・・・・・アールヌーヴォーの次!!・・・・・・
20世紀初頭になると、アールヌーヴォーは瞬く間に失速していきました。その後台頭してきたのが皆さんご存知のアールデコです。
アールヌーヴォーとは対極的なアールデコは直線を多様した様式で、アールヌーヴォーに飽きた人々に好まれました。
人々は、流行に左右されやすく、常に新しい物を求めます。
アールヌーヴォーもそんな流行に左右されて消えていった1つの様式ですが、スノップな流行とは違い、背景にある深い思想に裏づけされた流行といえる物で、高い評価とともに後世にしっかりと残っています。
その証拠に、アールヌーヴォー建築の多くは世界遺産に指定され、多くの建築家達の憧れの地となっています。
・・・・・・名作は売れ残り!・・・・・・
アントニオ・ガウディ作品の1つ、グエル公園は当時は分譲地として売り出されていましたが、60戸中、なんと売れたのはたった2戸!しかも購入者はガウディとそのパトロンのグエルだけというなんともお粗末な結果でした。(全部買い占めていたら大金持ち^^)
皮肉な事にその不人気な分譲地が、いまやスペインの観光の目玉のひとつ!世界遺産に指定されています。
アールヌーヴォー様式は、今思えば少し早すぎた流行と言えるかも知れませんね。

アールヌーヴォー建築の代表的な建築物の「サグラダ ファミリア」。完成は2026年!ちなみにサグラダ ファミリアの建築担当者、ガウディは意外にも2代目です

意外にこの人もアールヌーヴォー建築の代表者です。グラスゴー派のチャールズ・レニー・マッキンントッシュの代表作「HILL HOUSE by charles rennie mackintosh」

ベルギーのブリュッセルにある、世界遺産の「オルタ亭」。アールヌーヴォーの先駆者、ヴィクトール・オルタの作品

アールヌーヴォー様式のアーティスト、ムハのポスター。アルフォンス・マリア・ムハはチェコ出身のグラフィックアーティスト。写真は有名なジスモンダ

個人的に一番好きなアールヌーヴォー時期の建築家ジュールラヴィロットの作品。セラミック作家のアレクサンドル・ビコの作品がちりばめられた、名作です。
当時は悪趣味すぎて酷評だったこの建物も結局ファサードを受賞している「jules lavirotte by 29, avenue Rapp」