TRIVIA | バウハウス時代の名作家具に起きた、ちょっとした事件とは?

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トリビア

TRIVIA 其の1 「デザインのその後」

デザインには、様々な物語があります。

世の中の小さな出来事や物などにも多様な世界観があるように、1つのデザインが出来上がるまでには、創り手側の心理や時代背景がたくさん詰まっています。

シンプルで何気ないデザイン、奇抜で複雑なデザイン、その背景を探っていくと、様々な物語が見え隠れしています。


今回の TRIVIA は、「デザインのその後」と題しまして、バウハウス時代の名作家具に起きた、ちょっとした事件について触れたいと思います。


バウハウス(バウハウスについては、後日触れたいと思います。)の代表的な建築家の1人にマルセル・ブロイヤーがいます。

マルセル・ブロイヤーといえば、シンプルで単一形態のデザインがいかに重要かを示した、近代モダンデザインの父的存在です。
代表作として、ワシリーカンデスキーの為に制作したと言われている「ワシリーチェアー」、不朽の名作のB64、いわゆる「チェスカチェア」があります。


今でこそ世界的な巨匠と賞賛される存在のデザイナー、マルセル・ブロイヤーにとって、予想だにしない事件がおきます。
それは1928年(年代は疎覚えです)、名作、ワシリーチェアーの発表から3年後の出来事です。

ブロイヤーはこの年、カンティレバーの名作・チェスカチェアを発表。
チェスカチェア(写真を参照)の最大の特徴は、カンティレバー構造と呼ばれる、鋼管を曲げて制作された、今までにないモダンで斬新なデザイン。
バウハウスにおける工業デザインの代表作と絶賛を浴びました。

しかしこの偉大な功績に対して待った!をかけた人物がいました。
オランダ人の建築家、マルト・スタムです。

マルト・スタムは1927年、シュトゥットガルトのヴァイセンホフ・ジードルングの住宅展に、同様の方持ち構造の椅子の試作品を、すでに出展していたのです。


どちらがその発案者であるか裁判で争われた結果、裁判の劇場となったドイツの連邦裁判所にて1962年、著作権はマルト・スタムの物として認められました。

偉大なデザインのその後がこのような事態になった事は大変残念な事だと思います。

スタムの33番や、ブロイヤーのチェスカなどが大変優れたデザインであるという事は、後の作品に対する評価や、大量のコピー商品(偽物とは言い切れないが正規品ではない、今風に言えばりプロダクトと呼ばれている物)が大量に出回っている事、すなわち消費者に広く支持されている事などでも伺えますね。

マルト・スタムやマルセル・ブロイヤ-の作品には、構造こそ同じでも、それぞれ違った個性や機能美が溢れています。


裁判に敗訴したブロイヤーはその後、鋼管を使用したデザインはしていません。
裁判とは客観的な側面が多く、その結果が必ずしも真実とは限りません。1つ真実を上げるとすれば、両作品とも今に伝わる、優れた作品という事だけです。

もしも、ブロイヤーがその後も鋼管を使用した作品を残していたら、もっと多くの後輩達に多大なる影響を与えていたでしょう。
そしてカンティレバー構造の 「デザインのその後」 が、もっと素晴らしい物になっていたに違いありません。